瞳堂の月下独酌―blog―

瞳堂主人のブログです

演歌

昔は、大人が演歌をよく聞いていたね。
何かのはずみで、親の説教と演歌が、こっちのイメージの中でつながっている。
だから、どちらにもあまり近づきたくはなかった。
とは言え、あの頃の演歌は息が長かったから、耳に残ってる歌がいくつもある。
小節(こぶし)をころがすだとか、ビブラートをきかせるだとか、演歌の特徴がいくつかあって、それは気にならなかったけど、全体的に芝居がかってるのが嫌だった。
でも今は、そこが逆に良いんだって思うようになった。
声の絞り出し方、情念のさらけ出し方、必ずしも格好よくないんだけど、引き込まれる魅力がある。
これは、時とともに風化するどころか、底光りしてくる味わいだ。
ところで、今の大人は何を聞いてるんだろう。一体、何があったっけ。
時を経て、やっと分かってくるような、深みなんてものは、むしろ嫌われる時代だ。
残るものは、あまりないだろう。
使い捨ての風潮とともに、心がどんどんやせていくみたいで、大人の一人として責任を感じる。