瞳堂の月下独酌―blog―

瞳堂主人のブログです

孫次郎

孫次郎は、能面の一つ。
男の名だが、女面だ。
これが、いかにも美しい。
ゆるやかな顔の起伏は、優しいかげりを生み、少しだけ上がった口角と、わずかに開いた口元に、ぎりぎりの艶気がある。
そして、やや高さのずれた左右の目が、静かに見つめ返してくる。
多くの能面の中で、唯一、血のかよった、生身の女の美しさがある。
「美しい」という言葉は知っていても、本当の「美しい」にどれだけ出逢ったことだろう。
数年前、たしか三井の美術館で見た。
というより、やっと会うことができた。
ガラスケースの中を見つめると、涙がにじみ、能面はゆがんだ。
早くに死に別れた妻を恋い慕うて、この面を打った男は金剛座の大夫、孫次郎といい、これもわずか28の若さで死んだ。
銘を『オモカゲ』といふ。